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福岡地方裁判所 平成元年(ワ)2801号 判決

原告

墨田知子

原告

竹下淳一

原告

吉塚重郎

右三名訴訟代理人弁護士

岩本洋一

岩田務

被告

社団法人福岡県労働福祉会館

右代表者理事

下薗卓郎

右訴訟代理人弁護士

石井将

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告らの請求

一  原告らと被告との間にそれぞれ雇用契約関係が存在することを確認する。

二  被告は、平成元年一〇月二七日以降、毎月二一日限り、原告墨田知子に対し一か月金二七万九四七〇円、原告竹下淳一に対し一か月金三五万九三五〇円、原告吉塚重郎に対し一か月金三一万〇三九二円の各割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告の従業員であった原告らが、被告から経営再建を理由に普通解雇されたため、その解雇理由の存在を争い、〈1〉右解雇は原告らの組合活動を理由とした解雇であって不当労働行為である、〈2〉右解雇には整理解雇の要件であるやむを得ない経営上の必要性が存在しないから、右解雇は権利の濫用であると主張して、被告に対し、それぞれ雇用契約上の地位の確認及び解雇以後の賃金の支払を求めている事案である。

一  争いのない事実

1  被告は、福岡県下の労働組合及び福祉事業法人をもって組織され、労働者の経済的社会的地位の向上と青少年等の健全育成のための社会教育に寄与することを目的として設立された社団法人である。

被告は、右目的を達成するために、昭和五三年一一月一日、レストラン、婚礼宴会場、駐車場、貸ホール、貸会議室及び貸事務所等を有する福岡県労働福祉会館(以下「大手門会館」という。)を開館した。

2(一)  原告墨田知子(以下「原告墨田」という。)は、昭和五三年九月、被告に総務課職員として雇用され、昭和六一年四月に同課主任に昇格した。

(二)  原告竹下淳一(以下「原告竹下」という。)は、昭和五三年九月、被告に業務課職員として雇用され、昭和六一年四月に同課主任に昇格した。

(三)  原告吉塚重郎(以下「原告吉塚」という。)は、昭和五四年九月、被告に嘱託職員として雇用され、昭和五九年四月に業務課職員になった。

(四)  原告らは、被告に雇用されている従業員で組織する福岡県労働福祉会館労働組合(以下「組合」という。)の組合員であり、平成元年一〇月一七日(後記本件解雇)当時、原告墨田は執行委員長、原告竹下は執行副委員長、原告吉塚は書記長であった。

3  被告は、平成元年一〇月一七日、原告らに対し、同月二六日付けをもって原告らを解雇する旨の意思表示(以下「本件解雇」という。)をした。

二  争点

1  本件解雇は整理解雇の要件を満たすか。

2  本件解雇は不当労働行為にあたるか。

3  本件解雇当時における原告らの賃金額

三  当事者の主張

1  被告の主張

(一) 被告の就業規則一四条一項には、(1)やむを得ない業務の都合による場合及び(6)事業の継続が不可能となり、事業の縮小・廃止をするときに、被告は、三〇日分の予告手当を支給して従業員を解雇し得る旨の規定が置かれているが、本件解雇は、右各事由を理由に行われたものである。

(二) 被告は、以下に述べるように、大手門会館の開館以来膨大な債務を累積させ、また、過去三年間における単年度収支も六三〇〇万円ないし一億一〇〇〇万円の経常損失を計上するなど極度の経営不振に陥っており、当時の経営体質を放置し続ければ、早晩大手門会館の維持運営が破綻するという実情にあった。そこで、被告において大手門会館を存続させるための抜本的な経営改善案を検討した結果、会館事務全般を外部委託化して人件費を節減することが不可欠であるという結論に達した。

(三) 本件解雇に至る経緯

(1) 被告は、昭和五三年一一月一日、福岡市中央区大手門に地上八階地下一階の大手門会館を竣工完成させたが、右会館建築に際し、当初予定しなかった土地購入追加資金二億円も加わり、当初見積りをかなり超える二一億七五〇〇万円の資金を要することになり、うち七億四〇〇〇万円については、年金福祉事業団から三億円、労働金庫から四億円をそれぞれ借り入れて調達せざるを得ず、右借入金に対する利息の支払は、年間四〇〇〇万円ないし五〇〇〇万円にものぼっていた。

(2) 大手門会館の業務は、開館当初、婚礼、宴会、レストラン、ホテル部門を外部テナント業者である株式会社正徳(以下「正徳」という。)に委託し、ホール、会議場、駐車場、ビル管理及び煙草販売等の部門を直営という形態で行ってきた。しかし、正徳は、被告が設定したテナント料が高額であったことと、婚礼件数が当初見積りの半数しかなかったことから、次第に経営が悪化し、昭和五五年一一月、右業務から撤退した。

そこで、被告は、右業務委託先を株式会社よしだや(以下「よしだや」という。)に変更したが、よしだやも正徳と同様に経営不振に陥り、昭和六〇年一二月末に、被告に対し、業務委託契約の解約を申し入れ、右業務から撤退することになった。

一方、直営部門についても、会館ホール、貸会議室の稼働率は五〇パーセント前後で推移し、直営部門における収入増加も期待することができない状況にあった。

これに対し、人件費をはじめとする一般管理費は、当初の見込みを超え、いずれも一億円以上で推移していた。

(3) 昭和五三年度から昭和六〇年度までの被告の売上高と営業経費の関係は以下のとおりであった(被告における会計年度は、四月一日から翌年三月三一日まで。)。

(売上高) (営業一般管理費)

昭和五三年度 四八九四万円 七億五九〇八万円

昭和五四年度 一億三六九四万円 一億一四七一万円

昭和五五年度 一億〇二三一万円 一億〇六五一万円

昭和五六年度 一億一二五九万円 一億一三九三万円

昭和五七年度 一億二三九〇万円 一億一六六〇万円

昭和五八年度 一億一四六四万円 一億〇八二五万円

昭和五九年度 一億一七六一万円 一億一五五二万円

昭和六〇年度 一億三一五六万円 一億四四七九万円

また、同期間における単年度経常収支と借入残高は以下のとおりであった(△は欠損を示す。以下同じ。)。

(単年度経常収支) (借入残高)

昭和五三年度 △三一五四万円 六億八八九六万円

昭和五四年度 二九六万円 八億七三九六万円

昭和五五年度 △八六二万円 六億六一四六万円

昭和五六年度 △三一八三万円 七億五二二八万円

昭和五七年度 △二一四〇万円 八億一三七五万円

昭和五八年度 △二二三七万円 七億九七一九万円

昭和五九年度 △一八三二万円 七億一九六二万円

昭和六〇年度 △三八〇六万円 七億八五八五万円

(4) よしだや撤退後、被告は、代替の委託業者を探したが、会館の立地条件の悪さや構造的不適格さなどから、容易に代替業者を見出すことができず、やむなく、昭和六一年一月以降、大手門会館の婚礼、宴会及びレストラン部門を直営事業とし、その労務を正徳の元支配人である有光正志(以下「有光」という。)に委託することにした。しかし、その結果は、かえって同年度の経常損失を一億円程度に増加させることになり、昭和六二年度も同様の結果となった。

そこで、被告は、その所有する大手門会館敷地の一部を売却し、二億九〇〇〇万円の資金を得て、借入返済元金や累積欠損金に充当するとともに、昭和六三年四月から、再び婚礼、宴会及びレストラン部門をテナント業者である株式会社有徳(以下「有徳」という。)に委託することにした。

(5) 昭和六一年一月以降における被告の売上高と営業経費の関係は以下のとおりである。

(売上高) (営業一般管理費)

昭和六一年度 一億七九五八万円 二億三九八三万円

昭和六二年度 一億八八五九万円 二億三二三二万円

昭和六三年度 九三七七万円 一億〇二六七万円

また、単年度経常収支と借入残高は以下のとおりである。

(単年度経常収支) (借入残高)

昭和六一年度 △一億一〇七三万円 八億六一五九万円

昭和六二年度 △九六二四万円 九億三六〇二万円

昭和六三年度 △六三〇三万円 七億七五六六万円

(6) もっとも、被告は、それまでの間ただ手を拱いていたわけではなく、〈1〉昭和五八年度から福岡県労働福祉協議会より補助金を受ける、〈2〉昭和五九年度以降福岡県から預託金として二億円の融資を低利で得て、これを労働金庫に高利で預託し、いわゆる利ざやを稼ぐ、〈3〉昭和六三年下期から貸付金利の利率を長期借入資金については年八・七六パーセントから六パーセントに、短期借入資金については年六パーセントから四・五パーセントにそれぞれ低減してもらう、〈4〉大手門会館の資産を売却する、〈5〉大手門会館の維持管理費を入居団体間の配分率を変更することにより節減する、〈6〉駐車場料金の値上げやホール・会議室の利用料金を改定するなどの合理化措置を採ってきた。そして、これに並行して大手門会館の業務を軽量化し、職員二名の出向措置等も検討したが、前記の欠損体質は、これらの経営合理化では到底解消できるものではなく、抜本的な経営改善計画の策定が緊急の課題となるに至った。

(7) そこで、平成元年一月以降、被告理事会は、大手門会館の抜本的経営改善の討議に入り、公認会計士の総括意見を参考にするなどして経営状況の分析を進め、同年五月、会館特別委員会を設けて合理化案の具体的な検討に移った。

右総括意見においては、〈1〉会館の大幅な営業収入の増加はこれ以上困難であること、〈2〉会館収入のうちのテナント収入も構造上今後の営業収入はかなり困難であること、〈3〉営業費用が現況で推移するならば、毎年六〇〇〇万円の欠損を発生させること、〈4〉これ以上の営業費用の増大は、経営をますます窮地に陥れること、したがって設備の老朽化に伴う修繕費増等を考慮すれば、現状の人件費のあり方を抜本的に見直すことが必要であること、〈5〉抜本的な経営構造の見直しをしない限り資金不足が累積され、会館の存続そのものを問われることになるなどが指摘されていた。

(8) 会館特別委員会は、右意見を参考にして、答申案を理事会に提出し、理事会は、平成元年七月四日開催の平成元年度第一回理事会で右答申案を確認した。

右会館特別委員会の答申及び理事会が決定した経営改善の基本は、多岐にわたるものの、大手門会館の業務遂行体制を全面的に外部委託し、これをもって年間二五〇〇万円の人件費を節減することが枢要な柱とされていた。

(9) 大手門会館開館以来の営業管理費は、前記のとおり、常時一億円を要し、直営事業に移行した後は二億円を超える状況であって、経費が営業収入を上回る状態が恒常化しており、しかも、経費のうち、人件費の総額と人件費が一般管理費に占める割合は以下のとおりであって、その比率は、一般同業種に比べてはるかに高いと言わざるを得なかった。

(人件費総額) (営業一般管理費に占める割合)

昭和五三年度 四三八九万円 八九・七パーセント

昭和五四年度 五一一二万円 三七・三パーセント

昭和五五年度 四三八三万円 四二・八パーセント

昭和五六年度 四六九二万円 四一・七パーセント

昭和五七年度 四七八九万円 三八・七パーセント

昭和五八年度 四四八七万円 三九・一パーセント

昭和五九年度 四四〇七万円 三七・五パーセント

昭和六〇年度 六八一九万円 五三・一パーセント

昭和六一年度 一億三七七六万円 七六・七パーセント

昭和六二年度 一億三〇一五万円 六九・〇パーセント

昭和六三年度 四三七三万円 四六・七パーセント

さらに、これに加え、〈1〉テナント業者の賃料を増額することによる営業収入の大幅増は期待できないこと、〈2〉福岡県労働金庫等に対する支援要請もほぼ限界に近いこと、〈3〉福岡県など第三者に対する支援を求めるについても大手門会館内部での自助努力が前提とされることとの事情もあって、大手門会館の業務縮小とこれに見合った業務体制への移行は必要不可欠であり、これによる人件費の節減が被告に残された合理化措置として唯一可能な方法であった。

(10) そこで、被告は、平成元年七月七日、原告ら及び組合に対して、大手門会館の経営合理化計画を説明し、全職員の希望退職及び再就職のあっせんを申し入れ、併せて団体交渉の申入れをした。

しかし、組合は、早期に第一回団体交渉を開催することに抵抗し、結局第一回団体交渉がもたれたのは、被告の前記提案から約二週間が経過した同月二〇日であった。同日以降同年一〇月二五日まで合計一三回にわたり団体交渉が持たれたが、原告ら及び組合は、人件費の削減以外に採り得る手段があると主張して、退職について当初から一貫して反対し続け、被告が人件費を削減せざるを得ない会館の経営状況を資料に基づき説明し原告らの理解を得ようとしても、有徳に対するテナント料さえ増額すれば人件費の削減措置は不要との態度に頑迷に固執していた。

そこで、やむなく、被告は、原告らに対して、本件解雇を行ったものである。

(四) 本件解雇の有効性

(1) 本件解雇は、被告の就業規則にいう「(1)やむを得ない業務の都合」又は「(6)事業の継続が不可能となり、事業の縮小・廃止をするとき」を理由とするものであり、被告は、本件解雇が右就業規則にいう解雇事由に該当するか否か、及び解雇権濫用法理に即して、本件解雇が著しく不合理であり、社会通念上相当として是認することができないと評すべきかどうかを検討すれば足りる。

もっとも、本件解雇は、原告ら個々人に生じた事由を解雇理由とするものでない点において、いわゆる整理解雇に比して議論することも首肯できる。しかし、以下に述べるような整理解雇の有効要件に照らしても、本件解雇は有効適法なものである。

(2) 整理解雇の必要性について

我が国の社会経済体制や経営判断の専門性等の事情及び下級審裁判例の動向等に鑑みると、裁判所における司法審査にあたっては、右必要性を「解雇を行わなければ企業の維持存続が危険に瀕する程度に差し迫った必要性」というように厳格に解すべきではない。

しかし、右厳格な立場に立ったとしても、〈1〉大手門会館は、昭和六三年度末において、約七億七〇〇〇万円にのぼる累積赤字を抱えていたほか、単年度収支は、ほぼ例年欠損を出し、その額は毎年六〇〇〇万円を超えていたこと、〈2〉年間売上額も、昭和六三年度は九三七七万円であり、直営化前の一億一〇〇〇万円から一億三〇〇〇万円にはるかに及ばなかったこと、〈3〉右のような累積赤字の解消及び単年度収支の改善に対して、売上高の増加を図るなどの展望は極めて乏しかったこと、特に、公認会計士の経営判断では、最大期待損益という形で試算して、最大売上額を一億七〇〇〇万円と見積もっても、欠損が四〇〇〇万円を超えるというものであり、どんなに最大期待の収益を見積もっても、現行の要員体制である限り赤字になると予測されていたこと、〈4〉公認会計士や経営コンサルタントなどの専門家の経営診断及び再建案によっても、従来の経営合理化では有効な打開にはならないとして、人件費についての抜本的な改革が指摘されていたこと、〈5〉従前の経営合理化の場合、人件費の節減という面以外に凡そ考えられるあらゆる方策を建議しその実施をしてきたが、人件費の節減については、これが経営合理化の最後の手段であるとの認識に基づき、退職者の不補充という形でしか配慮していなかったことなどの事情に照らすと、単年度欠損を出さないか又はこれを最小限に抑えつつ労働福祉事業としての大手門会館の運営を今後も続けていくためには、同会館の基幹要員でない現業事務部門について、これを外部委託しなければならない必要性が客観的に存在していたと言うべきであり、本件解雇について「必要性」ないし「やむを得なさ」があったと言うべきである。

なお、本件解雇の「必要性」を判断するにあたっては、右経済事情のほか、労働四団体によって運営される福祉事業であるという大手門会館の特殊性及び本件解雇当時労働戦線統一に向けて右労働団体が置かれていた状況をも重要な事情として考慮すべきである。

(3) 解雇回避努力の有無及び対象者選定の合理性について

本件解雇の場合、全ての事務部門を外部委託化するというもので、そこには選定にあたって恣意的要素が入る余地はなく、また、本件解雇に先立つ平成元年七月七日の申入時において、被告は、原告らに対して、希望退職の形で処理したい意向を示すとともに、再就職を積極的にあっせんしていた。結局、右各要件は、原告らを解雇し、大手門会館の事務部門を全て外部委託化するという被告の判断の相当性に収歛されるところ、前述した大手門会館の経営の実情に照らせば、それが著しく不合理であるとか、社会通念上相当でないとの評価はできない。

(4) 手続の合理性について

組合との協議については、被告は、原告ら及び組合に対し、平成元年七月七日の提案以来本件解雇の効力が生じる前日の同年一〇月二五日まで一三回にわたる団体交渉を設定し、資料を提示した上で、本件解雇の必要性とその時季・方法・代償措置について十分な説明を行ってきた。

2  原告らの主張

(一) 不当労働行為

本件解雇は、原告らの組合活動を理由として行われた不当労働行為(労働組合法七条一号)である。

すなわち、昭和六三年当時、組合の組合員は原告らを含めて五名であり、原告墨田は組合委員長、原告竹下は同副委員長、原告吉塚は同書記長であった。同年六月一三日から同年九月二〇日にかけて、被告と組合との間でベースアップ交渉が七回にわたり行われたが、当時被告の理事で、運営委員会委員長でもあった松田留吉(以下「松田」という。)は、同年六月一五日に行われた団体交渉(第二回)において、従前二八〇〇円であった従食手当を本給に組み入れる旨の回答(以下「松田発言」という。)をした。組合は、協議の結果これを受け入れることにしたところ、松田は、同月一六日、原告墨田に対して、「そういうことは僕は言っていない。」と、松田発言を翻した。そこで、原告墨田が被告の元理事長である名田重喜に相談したところ、松田はこれに激昂し、同年七月六日、大手門会館事務室において、中央警察署署員及び会館の出入り業者と応対していた原告墨田に対して、大声で「団交の内容を外に漏らしたろう」、「証拠を見せろ」、「議事録を見せろ」などと怒号した。同月二二日に行われた団体交渉(第三回)において、松田は自ら約束した二八〇〇円の本給組入れを拒否する旨の回答をし、松田と組合は松田発言を巡って対立し、同月二五日の団体交渉において、松田は、同人の言動を非難する組合に対して、「たいがい我慢していたがお前達いいかげんにせんか。くらされるぞ。たいがいにせんか。」と、脅迫そのものの発言までするに至った。原告らは、このような松田の反組合的な態度に対して、被告の出資者である福岡県労働組合評議会(以下「県評」という。)の議長であった坂本隆幸に相談し善処方を要請したところ、松田はこれに激昂し、以後組合役員である原告らを嫌悪するに至った。

平成元年三月二九日、第七回運営委員会が福岡県小郡市のゴルフ場で開催された。右委員会は被告の理事の一部で構成されるが、松田は右委員会の委員長として組合員五名全員の解雇の方針を決定し、被告の理事会が設置した会館特別委員会においても同人が中心となって原告らの解雇手続を実行した。

(二) 解雇権の濫用

一般に、整理解雇は労働者の責に帰すべからざる理由によって従業員たる地位を奪い、その生活基盤を喪失させるものであり、また、我が国において、基本的に年功、終身雇用の慣行が維持され、それに期待している従業員が多数存在するという現実からすると、いわゆる整理解雇として行われる解雇権の行使は、より厳格に解することが社会的に妥当と言える。

ところで、いわゆる整理解雇が権利の濫用とならないためには、

〈1〉人員整理の必要性があること

〈2〉整理解雇回避義務を果たしたこと

〈3〉解雇対象者の選定基準に客観的合理性があること

〈4〉整理解雇手続において労働者、組合の納得を得るにつき十分な説得をしたこと

という四つの条件が全て充足されていることが必要であるが、以下に述べるとおり、本件解雇は右のいずれの要件も充足せず、解雇権の濫用にあたるものである。

(1) 人員整理の必要性

もともと、平成元年三月期作成の被告の経営改善案によれば、職員全員を解雇するのではなく、職員一名は残すものとして計画されていた。また、右改善案は、被告の人件費の削減を年間一八一七万円と見込んでいるが、役員及び課長とそれ以外の職員の経費を区別し、業務一名及び電気主任一名の合計二名分の人件費のうち共益費としてテナントに負担させている部分及び既に退職した者の福利厚生費を除外すると、役員及び課長を除く職員に関する人件費節減額は、年間わずか七四万三〇〇〇円にすぎない。

さらに、本件解雇前である昭和六三年度における役員及び課長を除く職員に関する人件費は、維持管理分担金の戻り入れ分を差し引くと、金二一八五万三〇〇〇円であり、右金額から被告の従業員であった中村真由美(以下「中村」という。)及び山野真理美(以下「山野」という。)の人件費を控除した金額は一七九三万一〇〇〇円であるのに対して、平成二年度の実質人件費は、給料・雑給・福利厚生費の合計八七三万三〇〇〇円、支払手数料六五〇万六〇〇〇円(一二か月換算の場合、七五一万九〇〇〇円)及び原告吉塚に代わる駐車場要員一名分の給与相当金額一九八万円を加算した一七二一万九〇〇〇円又は一八二二万八〇〇〇円であって、中村及び山野の給与分を控除した前記金額と大差なく、平成三年度についても同様のことが言える。

そうすると、仮に減員するとしても、二名の減員で十分であり、これを超える解雇は不要であったと言うことができる。

(2) 整理解雇回避義務の遂行

整理解雇については、解雇が労働者にとって苛酷な措置であることに鑑み、解雇に代わる手段として、配転、出向、一時帰休、新規採用停止又は希望退職募集等の雇用調整手段が十分に活用されることが必要であり、その中でも、特に希望退職募集は、労働者の自主的解決を尊重し得る点で不可欠な手段であり、これを欠く場合には、整理解雇は無効と解すべきである。

しかるに、本件では、解雇が決定される過程並びに被告と原告ら及び組合との団体交渉過程のいかなる時点においても、被告が希望退職を募った事実はなかった。被告は、原告らが退職しなければ平成元年八月末に解雇する旨主張して、全員解雇の必要はないとの原告らの主張に対しても一貫して全員解雇に固執していた。また、再就職先のあっせんについても、右あっせんは全員解雇通告の受諾を前提として行われ、しかも右あっせん自体極めて不十分、不明朗なものであった。

したがって、本件において行われた雇用調整手段は極めて不十分なものであり、被告が整理解雇回避義務を果たしたとは到底言えない。

(3) 解雇対象者の選定基準の客観的合理性

前記のとおり、本件では、被告の従業員のうち二名を減員すれば十分であった。右従業員のうち、中村は、業務遂行能力に問題があり、同人が担当していた職務は人件費との関係において早晩廃止される予定にあり、現に廃止されたものであった。また、山野も、有徳に出向して同社の業務に従事しており、被告の業務には若干従事していたにすぎなかった。これに対して、原告らの従事していた職務はいずれも大手門会館の運営にとって不可欠の業務であった。特に、原告吉塚の従事していた駐車場の料金徴収及び金銭管理は重要な業務であり、また、原告竹下が行っていた備品等の管理、防火管理の業務も重要な仕事であった。

(4) 整理解雇手続の合理性

被告は、本件解雇を行うにあたって形ばかりの団体交渉を行ったにすぎず、右団体交渉においても、平成元年八月末までに解雇を認めなければ強行突破すると発言するなど強圧的な態度に終始していた。原告らは、最終的に原告墨田については解雇を受諾する旨の条件を提示したにもかかわらず、被告は、当初の方針どおり、被告の従業員五名全員を解雇した。

(三) 原告らの賃金額

原告らは、本件解雇に至るまで、被告から毎月二一日限り賃金の支払を受けていたが、その一か月あたりの賃金額は、原告墨田について金二七万九四七〇円、原告竹下について金三五万九三五〇円、原告吉塚について金三一万〇三九二円であった。

第三争点に対する判断

一  争点1(整理解雇の効力)について

1  当事者間に争いのない事実、証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる(なお、金額については概数を含む。)。

(一) 本件解雇に至る経緯

(1) 被告の事業と大手門会館建設当時の負債状況

被告は、福岡県下の労働組合及び福祉事業法人をもって組織され、労働者の経済的社会的地位の向上に寄与する福祉事業活動の推進を図ることを目的として設立された(昭和四八年一二月)ものであるところ、右目的を達成するため、福岡市中央区大手門に地上八階地下一階の大手門会館を竣工完成させ、昭和五三年一一月一日開館したが、右会館の建築に際しては、当初予定しなかった土地購入追加資金二億円が加わり、当初の見積りをかなり超過する二一億七五〇〇万円の資金を要することになった。被告は、右資金のうち一四億三五〇〇万円については出資金、共同建設負担金及び補助金によってこれを賄ったが、残りの七億四〇〇〇万円については年金福祉事業団から三億円、労働金庫から四億円をそれぞれ借り入れる等して調達した。

(争いのない事実〈証拠略〉)

(2) 大手門会館運営事業の推移と経営状況

ア 被告は、大手門会館の一部を入居団体に譲渡し、残余の部分で営業活動を行ったが、右営業活動については、当初、婚礼、宴会、レストラン、ホテル部門をテナント業者である正徳に委託し、ホール、会議場、駐車場、ビル管理及び煙草販売等の部門を直接経営するという形態で行われた。しかし、右事業はその開館当初から直営の大ホールの平均稼働率が一五パーセントに止まって使用料収入が伸びなかったことと、支払利息の増加等により、昭和五四年度において、被告は、一四五五万円の経常損失(臨時の事業経費補助金一七〇〇万円を合わせると、実質三二〇〇万円の赤字)を計上した。

また、右事業のうち、業務委託部門については、業務委託収入が事業収入総額の四三パーセントを占めていたが、被告が設定したテナント料(月額八〇〇万円)及び共益費(月額三〇〇万円)が高額であったことや婚礼件数が当初見積りの半数しかなかったことから、次第に正徳の業績が悪化し、昭和五五年一一月、正徳は右業務から撤退した。

(〈証拠略〉)

イ そこで、被告は、テナント料を月額四五〇万円に引き下げた上で業務委託先をよしだやに変更したが、よしだやも婚礼件数が二〇四(昭和五六年度)、二二五(昭和五七年度)、二〇〇(昭和五八年度)、二二二(昭和五九年度)と、正徳と同様に伸びず、次第に業績不振に陥り、昭和六〇年一二月末、被告に対し、先行不安を理由に業務委託契約の解約を申し入れ、右業務から撤退することになった。

(〈証拠略〉)

ウ この間、直営部門については、会館ホール及び貸会議室の使用料収入が四一六一万円(昭和五六年度)、五〇一八万円(昭和五七年度)、四八三八万円(昭和五八年度)、五三八二万円(昭和五九年度)、五三〇七万円(昭和六〇年度)とわずかながら増加の傾向を示しているが、テナント収入は七〇〇九万円(昭和五六年度)、七二八六万円(昭和五七年度)、六五二八万円(昭和五八年度)、六二九二万円(昭和五九年度)、四二四〇万円(昭和六〇年度)と、昭和五八年度以降漸次減少している。

(〈証拠略〉)

一方、人件費をはじめとする一般管理費は、昭和五四年度以降一億円程度で推移しており、昭和五三年度から昭和六〇年度までの被告の売上総利益と営業経費の関係は別表(略)記載のとおりであった(但し、維持管理費収入を除く。)。

(〈証拠略〉)

エ 前記のとおり、被告は、大手門会館を建設するに際し、土地購入費及び会館建築費として昭和五三年度に五億円の長期借入れをしたが、その支払利息は年間一〇一五万円にのぼり、右借入金の元利返済のために更に労働金庫から短期の借入れを受けるようになり、昭和五八年度現在で支払利息は年間四九〇〇万円にのぼっていた。

(〈証拠略〉)

昭和五三年度から昭和六〇年度における期末借入金残高と支払利息は以下のとおりであった。

(〈証拠略〉)

(借入残高) (支払利息)

昭和五三年度 五億円 一〇一五万円

昭和五四年度 六億八五〇〇万円 三二五六万円

昭和五五年度 五億八三五〇万円 三四四三万円

昭和五六年度 六億七七八二二(ママ)円 三九一四万円

昭和五七年度 七億四一二五万円 四三六六万円

昭和五八年度 七億二四一九万円 四九〇一万円

昭和五九年度 九億三八〇二万円 四五三〇万円

昭和六〇年度 九億九七〇五万円 五一一八万円

オ また、同期間における単年度経常損益と年度損益はいずれも、別表記載のとおり、そのほとんどが赤字であった。

(〈証拠略〉)

カ よしだや撤退後、被告は、代替の委託業者を探したが、正徳、よしだやと相次いで撤退したことから、同一の条件で引き受ける業者を容易に見つけることができず、また、婚礼及び宴会の予約のため業務を継続せざるを得なかったことなどから、昭和六一年一月以降、婚礼、宴会及びレストラン部門も直営事業とし(ホテル部門は昭和五九年一二月に廃止)、その労務を正徳の元支配人である有光に委託することにした。

しかし、婚礼、宴会及びレストラン部門の人件費も被告が負担することになる一方で、直営三か月後における婚礼実績が一二〇〇万円程度減少し、以後、婚礼件数が昭和六一年度七〇件、昭和六二年度七三件と激減した(昭和六〇年度は一六八件)ことから、右人件費に見合った収入を上げることができず、経常損失を一億円前後に増加させる結果となった。

そこで、被告は、昭和六三年三月、その所有する大手門会館の敷地の一部を売却し、二億九〇〇〇万円の資金を得て、借入返済元金や累積欠損金に充当するとともに、右部門の直営を廃止し、同年四月から再び右部門をテナント業者である有徳に委託することにした。

(〈証拠略〉)

キ 昭和六〇年度ないし昭和六二年度における被告の売上総利益と営業経費の関係(但し、維持管理費収入を除く。)、単年度経常損益及び年度損益は別表(略)記載のとおりであり、昭和六二年度における累積欠損は三億〇四五八万円にまで達していた。

(〈証拠略〉)

ク 被告は、昭和五八年度以降福岡県労働福祉協議会を通じて年額一〇〇〇万円の補助金を受けたり、昭和五九年度以降福岡県から低利で二億円の融資を受け、これを労働金庫に預け入れて利ざやを稼いだりして赤字の解消に努め、駐車場料金の値上げやホール・会議室の利用料金の改定、維持管理費配分率の見直し、退職者の不補充、職員の出向及び貸付金利の利率の低減などにより収入増加又は経費節減を図ったが、これらの措置によっても財務状況は好転せず、昭和六三年度においては大手門会館の資産の一部を売却してようやく年度利益を上げるという状態であった。

(〈証拠略〉)

ケ これに対して、大手門会館開館以来の年間人件費の総額及び人件費の売上総利益に対する比率は別表(略)記載のとおりであって、右比率は、直営前で四〇パーセント前後、直営後は七〇パーセント前後にも及んだ。

(〈証拠略〉)

ところで、昭和六三年度の人件費についてみると、右人件費のうち、役員及び役付職員の人件費は一一〇〇万円、原告らの人件費は一二〇〇万円、中村及び山野の人件費は五〇〇万円であった。

(〈証拠略〉)

(3) 経営改善案の策定・検討と本件解雇の決定

ア 平成元年一月以降、被告は、大手門会館の経営改善に向けての検討に入った。同年三月、被告の運営委員会は事務局が作成した経営改善案を討議し、同年四月、公認会計士に対して、財務分析及び経営改善案の検討を依頼した。同年五月、被告の理事会は、公認会計士から右分析及び検討の結果の報告を受け、新たに会館特別委員会を設けて経営改善策について審議を開始した。

(〈証拠略〉)

イ 被告作成の前記経営改善案の概要は以下のとおりであり、この段階で既に人件費大幅削減の構想が打ち出されていた。

(〈証拠略〉)

〈1〉 事業の内容については、煙草販売を直営より委託とするほかは変更しない。

但し、平成元年三月期に会議室として使用されていた建物の一部が売却されたため、会議室収入が減少する。

〈2〉 有徳のテナント料を引き上げ(三八〇万円)、ホール、会議室の受付を委託(手数料三五〇万円)する。

〈3〉 事業経費補助金を労働金庫より七〇〇万円、全労済連より三〇〇万円継続要請する。

〈4〉 福岡県より受け入れている二億円を大口定期で運用することにより年間四〇〇万円の収入を予定する。

〈5〉 維持管理収入については、配賦率の改訂により四八五万五〇〇〇円の増収を予定する。

〈6〉 専従役員一名を無給とする。

職員を一名(総務主任)とし(四名減少)、このほかに嘱託、外注六名の体制とする。

この結果、年間、人件費の削減を一八一七万円と見込む。

会館の維持管理は、煙草販売の委託、ホール・会議室の受付委託をすることにより、この人員で賄えるものと予定する。

〈7〉 労働金庫からの借入金につき、借入金利を一・五パーセント減少させて年利四・五パーセントとする。

ウ また、公認会計士による現状分析によれば、〈1〉駐車場収入に関して、月極料金が周辺駐車場に比較して割安で、かつ、会員等に無料提供している、〈2〉テナント収入に関して、有徳との賃貸関係において、a会館全体にかかる共通維持管理費を負担させていない、b什器・備品を無料で貸し出している、c会議室(和室)について低額・低利用となっている、d倉庫を無料で使用させている、〈3〉維持管理収入等に関して、a有徳が負担すべき費用二〇〇一万八〇〇〇円が含まれている、b各入居団体に配分している金額には、租税公課や会館ビルメンテナンス上必要な人件費、保険料、減価償却費等が含まれていない、c将来の修繕に備えての修繕積立金が積み立てられていないなどの問題点が個別に指摘されていたが、総括意見としては、以下のとおり、大幅な収入増加は困難であるとされ、人件費の抜本的見直しの必要性が強調されていた。

(〈証拠略〉)

〈1〉 会館の営業収入合計は、維持管理費(大手門会館の入居者が支払うべき電気・ガス等の費用)を含めても一億五〇〇〇万円であり、施設稼働率を最大限とした場合の最大収入は、一億七四〇〇万円程度であり、大幅な収入増はこれ以上困難である。

〈2〉 会館収入のうち、テナント収入の寄与率は、一般のテナントビルに比較して五〇パーセント以下となっている。

今後経営改善を行う上では、平米単価収益を高めるべきであるが、構造上からも問題があり、今後の営業収入はかなり困難性が見られる。

〈3〉 営業費用は、人件費三九〇〇万円、経費一億一一〇〇万円、金利四〇〇〇万円の計一億九〇〇〇万円で、補助金一〇〇〇万円を差し引いても、一億八〇〇〇万円となる。これに減価償却費三〇〇〇万円が加わり、現況で推移するならば、毎年六〇〇〇万円の欠損を発生させることになる。

〈4〉 前記状況から判断し、現行以上の営業費用の増大は、経営をますます窮地に陥れることになる。

したがって、設備の老朽化に伴う修繕費増等を考慮すれば、現状の人件費のあり方を抜本的に見直すことが必要である。

〈5〉 営業収入の限界、経費増の傾向等を抜本的に見直さない限り資金不足が累積されることになり、会館の存続そのものを問われることとなる。

抜本的な経費構造の見直しが迫られている。

エ これに対する運営委員会の総括意見は以下のとおりであり、人件費の抜本的な見直しのほか、収入増加の方策を試行すべきことを指摘していた。

(〈証拠略〉)

〈1〉 改善案については、人件費につき抜本的見直しを行い、専従者一名と無給出向者一名、その他一〇名を外注要員で賄うようにしているが、会館の大きさやホールその他の運営面からも相当の事務合理化を果たさなければならないと思われる。更には各出資団体の人的支援体制も検討の余地があろう。

右案は、恒久的な欠損・資金不足を前提として、これを解決するための費用削減を考慮しているものであるが、今後は更に増収への対策も可能な限り検討すべきである。

〈2〉 本来、会館の設立趣旨について多面的に検討を行い、収入増に対する施策を講じるべきである。

〈3〉 将来、大きな修繕が予想されるが、ビル診断等を行い、計画的な資金対策を講じる必要がある。

〈4〉 とりあえず、維持のみを前提とするが、今後どのように会館を変化向上させるかについては、早急に基本方針を決める時期と考えられる。

特に、建物の構造上、設計変更も必要となるであろうし、魅力ある会館への投資は投下資本効果等を判断基準として推進すべきである。

〈5〉 財産評価は、土地の大きな値上がりがあり大幅な評価益が見込まれるが、会館を維持する上では単なる評価に止まる。

オ 会館特別委員会は平成元年五月から同年八月にかけて合計五回開催されたが、その間の(第四回目の委員会後の)平成元年七月四日、答申案を理事会に口頭で提出した。右答申案においては、他の事業団体から支援を仰ぐことやホール及び会議室の受付業務をテナントに委託することのほかに、抜本的な人員合理化が含まれており、同理事会は、同日、右答申案を確認し、全員一致で全職員の人員整理を決定した。理事長平島政博、会館特別委員会委員長土井良泰及び事務局長大久保守は、直ちに原告墨田及び原告竹下に対して、口頭で右理事会決定を通知し、団体交渉の申入れをするとともに、同月七日、組合三役である原告らに対して、文書で、職員全員について同年八月末日をもって退職とする旨提案し、団体交渉の開催を申し入れた。

(〈証拠略〉)

(4) 団体交渉の状況及び本件解雇の実施

ア 被告は、同月二〇日、組合との間で団体交渉を行ったが、組合はテナント料金が低いこと、平成元年度春闘における賃金問題に対する回答を先にすべきこと、他にも解決の方法があることを主張して、被告の申入れに対して反対の意思を表明した。同月二八日、第二回団体交渉が行われ、被告は前記経営改善案を説明して、同年一〇月からの合理化案の実施を要望したのに対し、組合は、〈1〉有徳に対するテナント料の値上げ又は他のテナントの募集、〈2〉有徳に対する維持管理分担金の徴収、〈3〉有徳に対する和会議室賃料の軽減廃止、〈4〉有徳に対する什器備品使用料及び倉庫使用料の徴収、〈5〉修繕積立金の実施、〈6〉出資額の増額、〈7〉月極駐車料金の値上げ、〈8〉会議室及びホールにおける会員割引方法の変更、〈9〉会議室及びホールの受付直営化等の改善策がある旨主張し、その実施を要請した。なお、右団体交渉の際、被告は、組合に対し、福岡市から今の会館の経営状況では合理化をやっておらずこれではこれ以上の援助はできない、また、労働金庫からも会館みずからの血を出してほしい、自らの努力をせずに頼むのは安易すぎないかなどと言われていることを述べた。

(〈証拠略〉)

イ その後、同年八月三日、同月二四日、同月三〇日にそれぞれ団体交渉が行われ、原告らは、同月三日の団体交渉において、職員全員の解雇の必要性がない旨主張した。一方、被告は、同月二四日の団体交渉で、原告らの再就職先として、原告墨田に対してますだ住宅株式会社、原告竹下及び原告吉塚に対して福岡ビルサービス株式会社を紹介したが、原告らは、継続雇用を要求し、再就職の意思はない旨回答した。同月三〇日の団体交渉においては、組合が福岡県や福岡市に対する補助金の要請を求めるべきであると主張したのに対し、被告は、福岡県から自主努力の上でないと預託金の決裁はできないとの指摘を受けていること、福岡市からも現段階で預託をすることはできず、収支がほぼ見合うところまで行かなければ議会は通らないと言われていることを伝えた。

(〈証拠略〉)

ウ 同年九月一一日に行われた団体交渉において、被告は、組合に対し、組合員五名の再就職についての意思を確認したが、組合は再就職の意思はない旨回答した。同月三〇日、被告は、前記第二回団体交渉における組合の主張ないし要請に対して、〈1〉有徳に対するテナント料の値上げは、契約締結後一年を経過したばかりであり、有徳も一八〇〇万円程度の欠損を生じていることから、テナント料値上げの状況にはないこと、また、現に入居しているテナントがいながら別の業者を募集することはできないこと、〈2〉有徳の維持管理分担金はテナント料に含まれていること、〈3〉什器備品使用料及び倉庫使用料の無償も契約締結時に合意したことであること、しかし、和会議室の割引賃料の見直し及び倉庫使用料の徴収については今後検討すること、〈4〉減価償却に見合う収益も上げていない中で修繕積立てをなし得る状況にはなく、これを実現するための具体策を検討中であること、〈5〉被告としても増資を考えているが、過去一一年間増資はなされておらず、今後労働四団体の解散がなされるという時期にあって、むしろ減資を如何にくい止めるかを検討している段階にあること、〈6〉駐車料金の値上げは労働四団体の解散後に検討すること、〈7〉会議室及びホールの会員割引方法については会員の利用率の向上を含め検討すること、〈8〉会議室及びホールの受付を出向者を復帰させて会館事務局で行うことは出向先からの収入が減少するとともに利用者の利便を欠くことになり、現在のデメリットはシステムの改訂を行うことで解消できることなどを回答した。

(〈証拠略〉)

エ その後、同年一〇月五日、同月一二日、同月一六日及び同月一七日と合計四回にわたり団体交渉が持たれたが、右団体交渉においても、組合は、有徳に対するテナント料を値上げするか別のテナントを探すなどして人員合理化以外の改善策を採るべきであり、組合員全員退職の必要性はない旨主張して、被告の提案の受入れを拒否した。そこで、被告は、同月一七日の団体交渉終了後、原告ら、中村及び山野に対して、同年一〇月二六日をもって同人らを解雇する旨通知した。

(〈証拠略〉)

オ 右解雇通知に対し、中村及び山野はこれを了承したが、原告らはこれを不満として、同月二三日及び同月二五日の二回にわたって被告との間で団体交渉を行った。右団体交渉において、組合は、被告の提示した再就職先では労働条件が現在よりも下がるから受け入れ難いこと、全員解雇の受入れを前提とせずに再就職先の提示をすべきこと、全員解雇の撤回ないし一時棚上げが組合の基本的方針であるが、最低でも原告竹下及び原告吉塚については雇用継続を図ってもらいたいことなどを要求したが、被告は原告ら全員の解雇方針は変えられない旨主張して、ここに両者の交渉は決裂した。

(〈証拠略〉)

(5) 本件解雇後の被告の人員体制及び経営状況

本件解雇後、被告は、嘱託職員一名のほかに人材派遣社員二名を加え、暫時臨時職員やパートタイム職員を雇うなどして業務を遂行している。また、平成二年八月から、会館ホール及び会議室の受付業務を有徳に委託し、売上の一〇パーセントにあたる額を委託手数料として支払う一方、有徳に対しテナント料金を年間三八〇万円引き上げた。その結果、平成二年度における人件費は、右委託手数料の二〇二万円を加えても、一五〇〇万円に減少し、また、役員の報酬は無給となった。

(〈証拠略〉)

2  そこで、本件解雇の正当性について検討する。

(一) 人員整理の必要性について

前記認定のとおり、被告は、大手門会館を開館した当時から、当初の見積りを超える七億円の負債を負っていた上、事業収入が伸び悩み、昭和五四年度には経常利益を生じたが、翌五五年度には早くも赤字に転じ、以後毎年八六〇万円ないし三八〇〇万円の赤字を計上し、途中業績を回復するために委託部門を直営化したものの、かえって赤字を増大させることになり、昭和六一年度及び同六二年度には年間一億円前後に達する赤字を計上し、昭和六二年度における繰越損失は三億〇四五八万円にも達し、翌六三年度は不動産の一部を売却してようやく年度利益を上げるという状況であった。また、被告は、多大な借入金の支払利息の返済等に追われ、右返済のために借入れをし、更に借入金を増大させるという悪循環を繰り返していた。右のような経営状況に至った原因については、原告らも主張するように、被告の経営判断に相当程度甘い面があったことは否定できないものの、右恒常的な赤字経営の状況にあって、そのまま推移すればやがて被告の事業経営が破綻することは必至であったと解され、被告の事業経営のそれ以上の悪化を防ぐために、人員整理を含む抜本的な経営合理化を実施する差し迫った必要が存在していたものと言うことができる。

そして、右赤字解消の手段としてまず考えられる収入増加に関しては、公認会計士による財務分析において、駐車場収入、テナント収入及び維持管理費収入等に関して種々問題点が指摘されているが、これらは、労働福祉事業団体としての被告の性格、入居関係団体に対する配慮及びテナント業者に対する過度の負担増等からその実現にはかなりの時間を要し、直ちに大幅な収入増加を図ることは見込めない状況にあったこと、他方、経費の中に占める人件費の額が年間四三〇〇万円にものぼり、前記公認会計士の財務分析においても人件費の抜本的な見直しが強調されていたこと、被告が公的融資を受けることについても、融資先からその前提として人件費削減を含む経営合理化の必要を指摘されていたこと、被告は、本件解雇前に維持管理費配分率の変更、料金値上げ、退職者不補充等一定の経営努力をし、また事業団体から補助金の補助を受けたり、資産売却を試みるなどして赤字の解消を図り、漫然と右赤字状況を放置していたわけではないことからすると、右経営合理化の方策の一つとして、大手門会館の業務を全て外部委託とし人件費の削減を図ったことは被告の経営判断上まことにやむを得ない措置と解することができる。

ちなみに、前記のとおり、被告の事業は慢性的な赤字で、昭和六三年度の被告の人件費が四三〇〇万円にのぼり、これを早期かつ大幅に削減する必要に迫られていたこと、右人件費のうち、役員及び役付職員の人件費は一一〇〇万円、原告らの人件費は一二〇〇万円、中村及び山野の人件費は五〇〇万円であったところ、平成二年度の人件費は、被告が平成二年八月から有徳に対して支払った委託手数料二〇二万三〇〇〇円を含めても一五〇〇万円であり、両年度における人件費の差額は、約二八〇〇万円であること、そのうち役員及び役付職員の人件費並びに中村及び山野の人件費分を除いても一二〇〇万円の節減になっていること、原告ら三名を引き続き雇用するとすれば、従前から引き続き使用する派遣社員に対する委託手数料や中村及び山野の減員分を外部委託等によって賄うためにかかる費用を原告ら三名の賃金額に加えることになり、右の年間一五〇〇万円をはるかに超える人件費に達することが容易に推認できることからすると、原告らをも解雇しなければ十分な人件費の節減が達成できなかったことは明らかであり、原告らを含む全職員を解雇したことについてはその必要性があったものと言うべきである。

(二) 解雇回避努力について

前記のとおり、本件では原告らを含む職員全員の人員整理の必要性があったと認められるから、当該要件に関しては、被告が右人員整理の手段として解雇以外の方法を採ることにつき努力したかどうかを検討すれば足りるものと解される。

そこで検討するに、前記認定のとおり、本件解雇に先立つ平成元年七月七日、被告は原告らに対して、職員全員を同年八月末日をもって退職とし、退職金は正規の一二〇パーセントを支給する旨提案したこと、再就職先については、被告は、同月二四日に開催された団体交渉の席上、原告墨田に対してますだ住宅株式会社、原告竹下及び原告吉塚に対して福岡ビルサービス株式会社をそれぞれ紹介したこと、ところが原告らは、継続雇用を主張して再就職の意思がないことを被告に表明したこと、右あっせんに際して、被告は、賃金のほか業種及び勤務先等原告らの労働条件がなるべく下がらないよう配慮したこと、その後も被告は原告に対して、再就職先のあっせんを続けたが、原告らは、被告が全員退職の方針を撤回しない限り右あっせんには応じられないとしてこれを拒絶したことからすると、被告は、解雇回避のために最大限の努力をしたものと認めるのが相当である。

(三) 解雇基準の合理性について

本件解雇は、被告の職員全員を対象とする人員整理の一環としてなされたものであるから、解雇基準の設定及びその適用に関して、被告に恣意的要素が介入する余地はなく、当該要件の存否は、本件においては問題にならない。

(四) 解雇手続の相当性について

被告は、組合との間で、合計一三回にわたって団体交渉を続け、人員整理について組合と協議してきたものの、全員退職の方針を巡ってその必要性がない旨主張する組合と対立し、結局右交渉は決裂したものであって、右交渉回数、交渉の席上被告から組合に対して被告の経営状況や整理解雇に至った経緯、経営改善案等に関して説明がなされ、退職の勧試や再就職のあっせん等もなされていること、被告が右交渉を拒否した事実はなく、また右交渉において被告が不誠実な対応をしたという事実も認められないこと等の事情に鑑みると、被告は組合との間で本件解雇に関して十分に協議を尽くしたものと解するのが相当である。

(五) 以上のとおり、本件解雇は、整理解雇の要件を満たしているものと言うべく、被告の就業規則一四条一項一号に規定する「やむを得ない業務の都合による場合」及び同項六号所定の「事業の継続が不可能となり、事業の縮小・廃止をするとき」に該当するものと認めるのが相当である。

そして、右認定判断に照らせば、本件解雇が権利の濫用にあたると言うことは到底できない。

二  争点2(不当労働行為の成否)について

1  当事者間に争いのない事実及び証拠によれば、以下の事実が認められる。

(一) 昭和六三年度春闘において、組合は、同年五月一〇日、被告に対し、同年度の賃金、一時金及び諸手当に関して、昇給平均一万一〇〇〇円、年間一時金平均九九万六〇〇〇円及び住宅手当等の諸手当の引上げを要求したが、右要求のうち昼食補助手当(従食手当)について、組合は、従前の二八〇〇円から五〇〇〇円に引き上げることを要求していた。

(〈証拠略〉)

(二) 右要求を受けて、同年六月一三日、同月一五日にそれぞれ団体交渉が開かれたが、右一五日の団体交渉において、当時被告の運営委員長であった松田は、昇給率を三・五パーセント、年間一時金を五か月分とし、従食手当を本給に組み入れることにしたらどうかと提案した。右提案に対して同席していた理事長平島政博及び事務局長大久保守が何ら発言しなかったことから、組合は、被告はこれを了承したものと考え、協議の結果、右提案を受け入れる旨回答した。

(〈証拠略〉)

(三) ところが、松田らが右提案を持ち帰って被告において検討したところ、従食手当の本給組入れはできないという結論になり、松田は、翌一六日、組合委員長であった原告墨田に対して電話でその旨を伝えた。組合は、右通知は団体交渉において妥結した内容を一方的に変更するものであり、受け入れ難いとして、被告に対し抗議するとともに、その実施を要求した。

(〈証拠略〉)

(四) 同年七月二二日開催された団体交渉において、被告は、昇給率三・五パーセント、一時金四・九か月、諸手当は現行どおりとする旨の回答をした。これに対して、組合は、前回提示された内容が被告の正式回答であると主張してその実施を要求し、松田が前回の団体交渉において従食手当の本給組入れを言ったか否かについて、組合と松田との間で激しい応酬がなされた。同月二五日の団体交渉においても、両者の間で主張が対立し、苛立った松田は、「たいがい我慢していたが、お前達いいかげんにせんか。くらされるぞ、たいがいにせんか。」などと発言した。組合は、右発言や松田の団体交渉における態度等に反発し、被告に対し謝罪を要求するとともに、松田が事務局長を務める県評に対し賃金紛争の早期解決を求めた。

(〈証拠略〉)

(五) その後、同年八月六日、被告と組合との間で団体交渉がなされたが、右団体交渉において、松田は前記暴言をしたことについて謝罪した。そして、その後も同年九月一三日、同月二〇日の二回にわたり団体交渉がなされ、右二〇日、被告と組合は、賃金三・五パーセント引上げ、一時金年間合計五か月支給、諸手当は現行どおりとすることで妥結した。右各団体交渉において、松田が暴言を吐くことはなかった。

(〈証拠略〉)

(六) なお、松田は、本件解雇を巡る団体交渉が行われていた平成元年八月ころ、原告竹下に対し、「おまえたち組合は自分たちで自分たちの首を絞めている。」とか「お前たちがああいうことをするからこういうことになる。」などと述べ、また、同年一〇月初めころには、同原告に大手門会館に残らないかと述べた。

(〈証拠略〉)

2  原告らは、右昭和六三年度の賃金紛争を巡って松田が組合役員である原告らに嫌悪感を抱き、これが原因となって本件解雇が行われた旨主張する。しかし、前記認定のとおり、本件については整理解雇の要件を満たし、正当な解雇事由が認められる上、松田は被告の運営委員会の委員長として本件解雇に関与したにすぎず、独断で原告らの解雇を決定できる立場になかったこと、また、同人がこれらの審議の過程で主導的かつ決定的な役割を果たしたという事実も認められないこと(この点、(人証略)及び原告竹下は、松田が本件解雇を決定した中心人物であった旨供述しているが、右いずれの供述においても松田が運営委員会委員長であったこと以外にこれを裏付ける具体的な事情は何ら述べられておらず、右証言及び供述部分はにわかに採用することができない。)、仮に松田が原告らに嫌悪感を抱いていたとすれば、原告らのみを解雇の対象とすれば足りるところ、本件では被告の職員全員をその対象としていること、本件解雇を巡っては、合計一三回にわたって団体交渉が行われ、被告は解雇の効力が生ずる直前まで右交渉に応じているなど誠実に対応していることからすると、原告らと松田との間の感情的対立が本件解雇と関係があったと解することはできない。のみならず、松田は、右賃金紛争の過程で原告らに対して謝罪し、その後は暴言を吐くこともなく、結局右賃金紛争は妥結したこと、右妥結後本件解雇に至るまで松田が原告らを嫌悪しているような発言を日頃繰り返していた事実も認められないこと、松田の原告竹下に対する発言もその内容は漠然としたものである上、松田が後日同原告に対し、実現性はともかくとして、被告に残らないかと述べたことからすると、松田が原告らに対して殊更嫌悪感を抱いていたと認めることもできない。

そのほか、本件解雇が不当労働行為にあたると認めるべき事情を見出すことはできない。

したがって、原告らの右主張は採用し得ない。

三  結論

以上によれば、本件解雇はいずれも有効であって、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本訴各請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石井宏治 裁判官 川野雅樹 裁判官 武笠圭志)

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